「悪意」なんてものは語れないから語るの禁止w

勿論冗談だが、それは「原因素*1」である。「悪い行為」を引き起こす根源的なモノを仮定するのはいいが、仮定するなら証明しなければならない。

九尾のネコ鞭 - 炎上と無断リンク禁止問題

言及記事は、きちんと罠を回避して語られていると思う。

「炎上」という現象を非難しようとして気がつくのは、その行為に悪質な行為が含まれていないということだ*1。「炎上」させた連中がやったことといえば、そのブログで既に公開されていた情報や、そこで得た情報を元にネット上から拾ってきた情報を再構成したことだけだ。

注釈で書かれているが、この点は議論の余地がある。
これは「暴露」に相当する行為であろう。犯罪ではないが、道義的な問題は残る。以前の写真週刊誌に対する物議を思い出す。
端的に云えば「下品な行為」であろうか。社会的には、蔑まれる行為であるがそれを楽しむ面もある。少なくとも褒められた行為ではない。

「炎上」を肯定するならば、当然「無断リンク」は肯定されなければならない。そして「無断リンク」を肯定するならば、「炎上」も肯定されなければならない。…かどうかが、分からないのだが、ひょっとしてそうなのではないか?

若干異論がないわけではないが、その点は無視する。
私は肯定も否定もしない。利便性を得る為の代償として、その危険性を受け入れるだけである。
そのため被害を受けた人達には同情もしよう。が、それでも「無断リンク」を禁止すべきだとは思わない。例え私自身が被害にあったとしてもである。


後半の高木浩光氏の発言に対する疑問は、ハッキリ云ってどうでもいい。疑問がどうではなく、引用されている高木氏の発言自体がどうでもいいのである。

そして、この前段部分が、てんでインチキな主張ならば、「炎上」の肯定はせずにすみそうだ。しかし同時に、高木氏の言う無断リンク禁止の「有害性」はずいぶんと矮小なものになってしまうと思う。どーなの?そのへん。

氏の云う「有害性」はこじつけでしかない。ネットに限らず、閉じられたコミュニケーション全般に云えるのだから。そんな理論ですらないものを受け入れてしまうと、「私的集会禁止」や「盗聴」を肯定しなければならない。


うーん。言及記事へのコメントだけで、オチが思いつかない。失敗。

*1:結果から遡って原因となる分離可能な実体を見付けようとする行為。それにより「必ず」見付けてしまうもの。思考上の罠である。